

こんにちは、明石城を案内する旅むすめの染井さくらです。この記事ではお城のガイドやお城の周辺観光なども紹介させてもらいます。よろしくお願いします♪

明石城のワンポイントは[二つの現存三重櫓、明石公園の城跡散策、高石垣と堀、明石海峡を望む立地]となっています!
基本情報

明石城は江戸時代初期(1619)徳川幕府2代将軍・徳川秀忠の命で初代明石藩主・小笠原忠政により築かれました。
大坂の陣の後、幕府は西国への備えを強める必要があり、明石はその重要な拠点となります。山陽道や瀬戸内海に近く姫路と大坂の間を押さえる要地でもあったため、明石城は交通と軍事の両面で大きな意味を持つ城でした。
城主は小笠原氏の後、戸田松平家、大久保家、藤井松平家、本多家などを経て、天和2年(1682)に松平直明が入封します。以後は松平家が明石藩を治め、明石城は江戸時代を通じて藩政の中心として機能しました。
明石城は関ヶ原の戦いそのものの舞台ではありません。しかし関ヶ原の戦いと大坂の陣を経て、徳川政権が西国支配を固めていく流れの中で築かれた近世城郭といえます。
明治維新後は廃城となり多くの建物は失われましたが、本丸跡に建つ巽櫓と坤櫓は残されました。現在は明石公園として整備され市民の憩いの場となっています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 場所 | 兵庫県明石市明石公園 |
| 築城年 | 元和5年(1619年) |
| 築城主 | 小笠原忠真(徳川秀忠の命による) |
| 主な出来事 | 宮本武蔵による町割り伝承 |
| 主な城主 | 小笠原氏、松平氏 |
| 重要遺構 | 巽櫓、坤櫓(ともに現存・重要文化財)、石垣、堀 |
| 別名 | 喜春城(きしゅんじょう)、錦江城(きんこうじょう) |
| 日本100名城・続100名城番号 | 日本100名城 第58番 |

明石城は日本100名城58番に選ばれているお城で、明石城を築いた小笠原忠真は、織田信長と徳川家康という二人の天下人を曽祖父に持つ大名でした。また客人として宮本武蔵を招き、武蔵が明石の城下町の町割りなどに関わったとされています。したがって明石城は、忠真が築いた城と、武蔵が関わった城下町をセットで楽しめる城となっています♪
どんな城

明石城は兵庫県明石市にある平山城です。城内には本丸、二の丸、東の丸、稲荷曲輪などの曲輪跡があり広範囲に石垣や堀が残っています。
最大の見どころは本丸跡に並ぶ巽櫓と坤櫓で、どちらも三重三階の現存櫓で国の重要文化財に指定されています。
天守は築かれなかったとされますが、高石垣の上に二つの櫓が並ぶ姿は明石城を象徴する景色となっています。
また本丸跡周辺からは明石市街や瀬戸内海方面を望むことができ、天気がよければ明石海峡大橋方面の眺望も楽しめます。更に城跡としての見応えだけでなく、公園散策としても気軽に歩けるのが明石城の魅力となっています。

明石城は別名「喜春城(きしゅんじょう)」や「錦江城(きんこうじょう)」とも呼ばれています。喜春城は中国の故事「天子南面貴春」にちなみ「貴」を縁起のよい「喜」に替えて名付けられたとされています。また錦江城は明石港を「錦江」と呼んだことから「錦のように美しい入江を望む城」という意味で名付けられたと考えられています!
明石城さんぽ

水堀です。城を囲むように残る広大な水堀で敵の侵入を防ぐだけでなく、城と城下町を隔てる役割も担っていました。
外堀の一部は埋め立てられた箇所もありますが、今も残る内堀の規模からはかつての城の広大さがうかがえます。
風のない日には水面に石垣や木々が映り込み、城郭特有の凜とした景色を楽しめます。

城内です。城跡らしい風景と明石城のシンボルでもある南東の巽櫓と南西の坤櫓が目に入ってきます。
築城当初の本丸には四隅それぞれに三重櫓が配置されていました。ただ現在残っているのは四基のうちこの二基のみとなっています。
遠くから見ると左右対称に見える巽櫓と坤櫓ですが実際には同じ建物ではありません。坤櫓は巽櫓より一回り大きく城内最大の櫓でした。また屋根の棟の向きも二基で異なっています。
坤櫓は西側へ広い壁面を向ける構造になっており西国大名に城の威容を見せつける意図があったとも考えられています。そのためこの二基は単なる美観ではなく西への防御と権威の演出を意識した配置だったようですね。

城内です。城壁の手前に階段があり登って景色を楽しむこともできます。
明石城が築かれた最大の理由は山陽道と瀬戸内海交通を押さえ、外様大名の多い西国に備えることでした。
明石は、東に大坂・京都、西に姫路や中国地方、南に瀬戸内海と淡路島、城下を山陽道が通るという交通・軍事上の要地です。
そのため明石城は一地方の藩庁というだけでなく、江戸幕府の西国支配を支える監視拠点として築かれたということのようです。

城壁です。狭間があるのがわかります。敵軍が進行してきた際はここから敵を攻撃していたということですね。
ちなみに明石城は宮本武蔵ゆかりの城としても有名です。武蔵は小笠原忠政の客人として明石城に身を置き、主に城下町の町割りをしたと言われています。
江戸時代の地誌「明石記」には、宮本武蔵という人物が町割りを行い、町屋の奥行きを十六間としたという趣旨の記述が残っているようです。

東ノ丸です。本丸の東側に位置するエリアで、かつてここに角櫓がそびえていたことを示す礎石や平坦な地面が広がっています。
明石城を築いた小笠原忠政ですが忠真の仕事は城を築くだけではありませんでした。
明石城下を整備し、さらに明石港の整備も行いました。海上交通と陸上交通を一体化させることで、明石を軍事拠点であると同時に、経済都市として発展させようとしたのです。
したがって忠真は単なる築城者ではなく、現在の明石市街地の基礎を築いた都市建設者といえると思います。

石垣です。積み上げられた自然石の隙間からは長い年月を感じ、厳しい環境の中で幾度もの風雪に耐えてきた歴史の重みに圧倒されます。
なお、明石城の天守台は東西約25メートル、南北約20メートルあり、五重天守を建てられるほどで熊本城天守に匹敵するほど大きさとなっています。
これほど大きな天守台を築きながら、なぜ天守を建てなかったのかは分かっていません。
大砲の標的になりやすいことを避けた、建設費を抑えた、あるいは巨大な坤櫓で十分だったなど複数の可能性が考えられていますが決定的な史料はないようです。

本丸です。現在広く平坦な広場として開放されており、多くの見学者が思い思いに時を過ごす憩いの空間となっています。
ここにはかつて本丸に豪華な御殿がありました。本丸御殿には金箔が用いられ襖には松や小鳥が描かれていたとされます。
絵を担当したのは長谷川等伯の弟子である長谷川等仁と伝えられています。しかし築城から十数年後の寛永8年(1631)、三の丸台所から出た火が燃え広がり本丸御殿などが焼失してしまったようです。

坤櫓です。明石城に現存する二基の三重櫓の一つで国の重要文化財に指定されています。天守が建てられなかった明石城では城内最大の坤櫓が事実上の天守の役割を果たしたと考えられています。
「坤」とは南西の方角を表す言葉で本丸南西に建っていることが名前の由来です。伏見城から移築されたと伝わり白壁と幾重にも重なる屋根が明石城を代表する美しい景観をつくっています。
明石城にはもう一基、本丸南東に巽櫓が現存しています。「巽」とは南東の方角を表す言葉で船上城から移された櫓を起源とすると伝えられています。

現在は駅前の公園に見える明石城ですが、江戸時代には国道2号付近まで城域が広がる巨大な城郭でした。明石駅のホームからも見える二基の白い三重櫓は明石城のメイン建造物となっていて本丸まで登ると、明石の街並みや明石海峡大橋、淡路島まで見渡せる素晴らしい景色が広がっています!
城周辺さんぽ

メリケンパークです。BE KOBEの大きなモニュメントとヒルトンホテルです。
特徴的な形のホテルで巨大な客船を彷彿とさせる流線型のデザインが海辺の景観に溶け込んでおり、まさに神戸港の顔とも呼べる存在感でした。
周辺は石畳が整備されており、海風を感じながらゆったりと散策を楽しめます。

神戸の街並みです。海越しに眺める神戸港の風景は観覧車や高層ビルが立ち並び、なんとなくみなとみらいを感じる雰囲気です。
手前に広がる広い岸壁からは対岸のエリアが一望でき、停泊するクルーズ船の優雅な姿が港町らしい情緒を醸し出していました。
夜にはライトアップされた夜景が楽しめるため散策の締めくくりにも向いています。

淡路島うずの丘大鳴門橋記念館です。小高い丘の上に建っており、淡路島の絶景を一望できるロケーションです。
館内の売店では特産の玉ねぎを使ったグルメが豊富に揃っており、散策の合間に美味しい軽食を楽しむのにぴったりです。

淡路島うずの丘と鳴門大橋です。名産品の玉ねぎ型の巨大なオブジェが特徴的です。
またうずの丘から見下ろす鳴門海峡の眺めはまさに絶景の一言ですね。橋の向こうには四国が見え、橋を背景に記念写真を撮るには最適な場所です。

淡路島ニジゲンノモリのゴジラです。ニジゲンノモリは、兵庫県立淡路島公園の豊かな自然を生かした体験型アニメパークです。
実物大のゴジラモニュメントはその圧倒的な大きさと、今にも動き出しそうな細部まで再現された皮膚の質感には思わず息を呑みました。
怪獣映画の世界観がそのまま現実に飛び出してきたような迫力で、大人でもその大きさに興奮します。
ゴジラの口の中へと向かうアトラクションもあり、物語の登場人物になった気分で楽しめます。

淡路島ニジゲンノモリのクレヨンしんちゃんです。ゴジラの後のクレヨンしんちゃんはほっこりします。
ニジゲンノモリがある淡路島はドライブ旅行の目的地としても非常に人気があります。
海岸沿いの道路からはキラキラと輝く海を見渡すことができ、移動そのものが心地よい時間です。
島内は非常に広いため、効率よく観光するにはレンタカーでの移動が実用的です。

淡路島ニジゲンノモリのナルトです。アニメ「NARUTO」の世界を再現したエリアです。
作中に登場する火影岩や木ノ葉隠れの里が忠実に作り込まれており、ファンならずともその再現度の高さに感嘆します。
広大な敷地内にはフォトスポットが点在し、キャラクターと一緒に写真を撮れば最高の旅の思い出になります。
エリア全体が屋外にあるため、天気の良い日にゆっくりと回るのが最適です。

淡路島おのころ神社です。21.7メートルの朱色の大鳥居が目を引きますが、おのころ島神社は淡路島南部に鎮座する国生み神話ゆかりの神社です。
「古事記」や「日本書紀」ではイザナギとイザナミが天沼矛で海をかき混ぜ、矛先から滴り落ちた潮が固まって、最初の島「オノゴロ島」が誕生したと語られています。
神社が立つ丘は、そのオノゴロ島の伝承地の一つとされ、日本の始まりを伝える神話の舞台として信仰されてきました。

淡路島おのころ境内です。祭神のイザナギとイザナミは日本の島々と多くの神々を生んだ夫婦神です。
そのためおのころ島神社は縁結びや夫婦円満、安産などのご利益で知られています。また境内には良縁や夫婦円満を願う「鶺鴒石」もあります。

淡路島と四国を結ぶ大鳴門橋と、その下に広がる鳴門海峡です。白く伸びる巨大な吊り橋と青い海がつくる景色は開放感たっぷりです。
潮の流れが速いことで知られる海峡を眺めながら、淡路島の雄大な自然と旅の爽快感を存分に味わうことができました。

今回は食事をしていませんが鳴門大橋と鳴門海峡をバッチリスケッチできて大満足でした~☆
100名城スタンプと城アクセス情報

| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 設置場所 | 明石公園サービスセンター受付窓口(兵庫県明石市明石公園1-27) |
| 設置時間 | 8:45〜17:00 ※年末年始を除く |
| 休日 | 年末年始(12/29〜1/3) |
| 電話番号 | 078-912-7600(明石公園サービスセンター) |
| 料金 | 無料 |
| 備考 | 2025年4月5日以降、明石城の日本100名城スタンプは明石公園サービスセンター受付窓口での押印に変更されています。 |
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 住所 | 兵庫県明石市明石公園1-27 |
| アクセス | JR神戸線・山陽電鉄「明石駅」北口から徒歩約5分 |
| 駐車場 | 有料駐車場あり(協会駐車場・県営駐車場) |
| 電話番号 | 078-912-7600(明石公園サービスセンター) |
| 散策時間 | 櫓周辺のみなら約30分。公園散策を含めるなら45〜60分程度がおすすめです。 |
| 営業時間 | 公園は散策自由。スタンプ押印は明石公園サービスセンターの受付時間に準じます。 |

明石城は市街地にある平山城で、靴や服装は選びません。ただし本丸跡へ上がる坂道や階段や広い園内を歩くため歩きやすい靴がおすすめとなっています。
まとめ

明石城から望む景色です。天守台の端に立つ白壁の櫓が、明石の街並みや青空と美しいコントラストを描き、思わず見入ってしまうほど爽やかな景観を楽しめました。
さて、今回訪れた明石城の最大の魅力は、何といっても現存櫓が放つ圧倒的な存在感です。
大坂の陣が終わった後、西国大名たちににらみを利かせるため急ピッチで築かれた明石城。天守こそ建てられませんでしたがほかの城から移築されたと伝わる立派な櫓が今も城の威厳を十分に伝えています。
剣豪・宮本武蔵が城下町の町割りに関わったという伝承に思いをはせながら本丸へ登り、そこから明石海峡大橋や淡路島を見渡せば、城主たちも眺めたであろう雄大な景色にきっと心を奪われるはずです。
お城めぐりを楽しんだ後は明石駅のすぐ南側にある魚の棚商店街へ足を延ばすのが定番の観光コースです。さらに神戸や淡路島まで向かえばメリケンパークや神戸ハーバーランド、ニジゲンノモリなども楽しめます。
歴史ある城郭と美しい眺望、そして新鮮な海鮮グルメが待つ明石城へ、ぜひ一度足を運んでみてください。

明石城はとっても広かったけど公園型だから歩きやすくて楽しめたね!城内から見える立派な櫓や本丸から見渡す明石海峡大橋と海もキラキラして綺麗だったな♪

ここって宮本武蔵ゆかりのお城なんだよね!二刀流の武士なのかなって思ったけど凄腕の都市プランナーって知って意外だったな!

明石城も広くて気持ちよかったけど、お城を見学した後は宮本武蔵が関わった城下町の「魚の棚(うおんたな)商店街」だよね!すっごく活気があって楽しかったー☆

ふふっ、ホントだね♪宮本武蔵自身は諸国を渡り歩いて剣豪の名前を歴史に刻んでいったけど、養子の伊織は小笠原家に仕え、重臣へと出世したんだよね。武蔵一門と小笠原家の縁は明石を離れた後も続いているってことだよね。

明石城はあの宮本武蔵が関わっていたって伝説が残っているのもロマンあったね!明石城の前後のお城は57番篠山城、59番姫路城となっています。お時間あれば足を運んでみてください♪
▼近畿の城をめぐる
滋賀県
49. 小谷城 /
50. 彦根城 /
51. 安土城 /
52. 観音寺城
京都府
53. 二条城
兵庫県
56. 竹田城 /
57. 篠山城 /
58. 明石城 /
59. 姫路城 /
60. 赤穂城
奈良県
61. 高取城
和歌山県
62. 和歌山城

