

こんにちは、小諸城を案内する城むすめの染井さくらです。この記事ではお城のガイドやお城の周辺観光なども紹介させてもらいます。よろしくお願いします♪

小諸城は日本唯一の穴城として知られる珍しいお城です。この独特な構造は千曲川の断崖絶壁を巧みに利用して築かれた防御構造ともいわれています。現在は懐古園としても利用されています!
基本情報

小諸城は武田信玄の命によって山本勘助と馬場信房が整備したことで原型が造られたといわれています。また仙石秀久の居城としてもよく知られています。
仙石秀久は斎藤義龍に仕えていましたが、斎藤龍興が織田信長に敗れると豊臣秀吉の家臣となりました。そして秀久は秀吉の元で瞬く間に出世していき1000石の一領主から讃岐10万石を与えられるほど身分が上がりました。
その後秀久は四国での戸次川の戦いで大失態を起こし領地を没収されてしまいます。しかし再び手柄を立てて大名に駆け上がったという珍しい人物となっています。
また秀久は関が原の戦いで徳川秀忠の側近として働き、その後は徳川秀忠に重用されました。これらのことから秀久が秀吉と家康に気に入られていたことは確かで、更に人々から一目を置かれる存在だったことも伺えます。そんな秀久は1614年、63歳のときに江戸から小諸へ帰る途中に病死しました。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 築城年 | 1554年(天文23年) |
| 築城主 | 武田信玄(武田氏による改修が有名。元の築城は高梨氏や小笠原氏時代とする説もあり) |
| 主な出来事 | ・1554年 武田信玄による大改修(穴城構造化)・1582年 本能寺の変後、北条氏の支配下に・1590年 豊臣秀吉の小田原攻め後、徳川家康配下の仙石秀久が入城 |
| 主な城主 | 武田氏(信玄)、北条氏、仙石秀久、牧野氏(江戸期藩主) |
| 重要遺構 | 大手門、三之門、二の丸跡、石垣、穴城構造、天守台跡、懐古園内の城郭遺構 |

小諸城は日本100名城の28番に選ばれています。小諸城のシンボルである三の門ですが、門に掲げられている懐古園という扁額の文字は徳川家達が書いたものとなっています。♪
どんな城

小諸城は長野県小諸市に位置する平山城で、全国的にも珍しい穴城として知られています。
本丸や天守台が城下町よりも低い場所に築かれている構造は全国でもほとんど例がなく小諸城ならではの特徴です。
また小諸城は重要文化財に指定されている大手門と三之門が特に見どころの一つとなっています。
そんな小諸城は現在懐古園と名付けられた近代的な公園となっています。園内には四季を感じられる植物が植えられ、日本さくら名所100選、日本の歴史公園100選にも指定されています。また周辺エリアには美術館や記念館、動物園や遊園地など様々な施設があり、小諸城と合わせて楽しめるスポットとなっています。

小諸城は別名「穴城」「酔月城」「白鶴城」とも呼ばれています。酔月城と呼ばれる由来は山麓の景観と千曲川のせせらぎ、更に城を照らす月明かりの様子が美しいからだと言われています!
小諸城さんぽ

今回は小諸城に行ってきました。まずは大手門から回ってきました。大手門は懐古園の敷地外ですが、案内看板を見ていけばスムーズに大手門までたどり着くことができます。
画像は大手門です。国の重要文化財にも指定されています。1612年に五間幅の櫓門で造られ、江戸時代には瓦門、四之門とも呼ばれていました。現在の姿は平成16年から改修されたもので、門は通り抜け可能で二階は資料展示スペースとなっています。

小諸宿本陣主屋です。大手門付近にある遺構で参勤交代や善光寺詣の際に利用された施設です。
国の重要文化財にも指定されているこの建物は、内部は資料館として公開されており、江戸時代の宿場町の歴史や、当時の旅の様子を詳しく知ることができます。
また宿泊する大名などが座る一段高い上段の間が当時のまま残されています。襖絵や釘隠しといった細工も豪華で、一目見るだけで当時の本陣の格式の高さが分かります。

三の門です。小諸城は現在懐古園にもなっていて三の門から先は入場料が必要となります。ここからが小諸城メインエリアになります。
三の門は寄棟造りの二層の城門で、両堀に狭間が付けられた戦闘式の建物です。

有料区域内です。道が二手に分かれています。右は小諸城で左は遊園地に続いています。
入り口付近にはお土産屋さんや仙石秀久ことセンゴク権兵衛の看板もありました。小諸城はヤングマガジンに掲載されているセンゴク権兵衛ゆかりの地となっています。センゴク権兵衛はとても面白い作品なので歴史好きの方にはオススメです。

懐古館です。古文書、鎧、兜など小諸城および歴代城主にゆかりのある史料などが展示されています。
また100名城スタンプもここの入り口に設置されていました。集めている方はお忘れないよう気をつけてください。

城内です。苔むした力強い石垣と、四季折々の表情を見せる木々が織りなす情緒あふれる光景が広がります。
石垣は一度は道路などに再利用されていましたが1984年に住民の声により復元されました。
石垣に張り付いた青々とした苔は、春から夏にかけて美しく、秋には真っ赤に染まった紅葉とのコントラストが絶景となります。この石垣の表情の豊かさも、日本さくら名所100選や日本の紅葉名所100選に選ばれる理由の一つです。

二の丸跡です。ここは上田合戦時の徳川本陣跡でもあります。田切地形に囲まれたこの場所は二度の徳川軍の前線基地となりました。
二の丸は関ヶ原の戦い時に徳川秀忠が滞在したといわれています。そしてその際徳川秀忠は真田氏によって足止めされ、これが関ヶ原の戦いに遅刻した原因だと言われています。

南の丸跡です。二の丸と隣接している曲輪で、田切地形による深い谷が通っています。この谷がそのまま天然の巨大な空堀として機能していました。
橋を渡る際に下を覗くと、その深さに驚きます。ここを登って攻めるのは無理だ…そう思わせる鉄壁の防御を実感できました。

弓道場です。北の丸にあり現在も利用されています。他にも剣道や柔道が行われる武道館も隣接しています。

黒門橋です。本丸と二の丸を繋いでいる橋で、当時は可動式の橋となっていて敵に攻め込まれた際は橋を城内に引き込むことができたとも言われています。また橋の下の堀はかなり深く敵の侵入を困難なものにしています。
そんな黒門橋付近は紅葉谷とも呼ばれていて、紅葉名所100選にも選ばれています。そのため秋には見事な紅葉の絶景を堪能することができるスポットとなってます。

懐古神社です。本丸にあり、廃城となっていた小諸城を復興する際に天満宮、火魂、藩主の霊を合祀して神社として創建されました。
境内には休憩所があったりかき氷の販売などもされていました。

鏡石です。その名の通り表面が鏡のように滑らかで、かつては自分の顔を映し出すことができたといわれています。
武田信玄の軍師として知られる山本勘助が、この石を鏡代わりにして自らの身なりを整えたという、興味深い伝説が残る石となっています。

拝殿です。こちらのほうでお祈りもさせてもらいました。
この拝殿が建っている場所は、かつては戦国時代の武将たちが軍議を開いたり、生活をしたりしていた場所のようです。その足跡を感じながらお祈りすると、より感慨深いものになるかと思います。

藤村記念館です。建物前には島崎藤村の銅像も設置されていました。
館内には藤村が小諸義塾の教師として過ごした約7年間の資料を中心に、直筆の原稿や遺品などが展示されています。
小諸は藤村にとって才能を開花させた地であり、名作「破戒」を起稿したのもこの小諸の地でした。静かな館内で彼がこの城跡の風景から何を感じ取ったのか、その足跡をじっくりと辿ることができます。

本丸です。現在は建物こそありませんが、視界が開けた開放的な広場となっており、周囲を囲む力強い石垣を確認することができます。

天守台です。天守台の石垣は築城の名手といわれた仙石秀久による野面積みとなっています。
当時は金箔瓦の三層の天守閣もありましたが落雷で焼失後に再建されることはなかったようです。

本丸からの眺めです。本丸から城内を見ると全体が見渡せるという感じではないことがわかります。
小諸城は周囲の地形に身を潜めるような造りになっているため、外敵からはお城の中が見えにくいという構造になっています。まさに穴城の特徴を表していますね。

酔月橋です。この先には堀が深い地獄谷があります。垂直に近いこの谷は、まさに敵の侵入を拒む天然の要塞であることがわかるものとなっています。
また更に進むと料金所と駐車場もあり、こちらからも小諸城へ入城することもできます。

富士見展望台です。本丸の南西端に位置していて水の手展望台の逆側にあります。晴れた日には富士山を目視することもできます。また展望台付近には動物園や遊園地などもありました。

小諸城は大手門から本丸に向かって低くなっていく「穴城」となっています。この城下町よりも低い場所に本丸がある構造は全国的にも珍しいものとなっています!
城周辺さんぽ

小山敬三美術館です。懐古園の敷地内にある美術館で、小諸出身の小山敬三の作品が数多く展示されています。
代表作である浅間山シリーズをはじめ、力強く鮮やかな色彩で描かれた油彩画の数々は見ごたえがあります。小諸城跡から見える本物の浅間山と、彼が描いた浅間山を見比べてみるのもこの場所ならではの楽しみ方かもしれません。

草笛総本店です。懐古園の入り口(三の門)からすぐの場所にあります。行列のできる信州そばの人気店で、上皇陛下も召し上がったことがあるといわれてます。

くるみそばです。小諸のソウルフードで草笛の看板メニューとなっています。
くるみペーストをそばつゆにつけて食べるスタイルで、濃厚なコクと甘みのある逸品です。蕎麦も喉越しが良く、噛むほどに蕎麦の香りが口いっぱいに広がりとても美味しかったです。
| 項目 | 内容 |
| 名称 | 草笛 総本店 |
| 金額 | くるみそば 1,100円前後、盛りそば 800円前後(2025年参考) |
| 所在地 | 長野県小諸市古城1-1-10 |
| アクセス | JR・しなの鉄道「小諸駅」から徒歩約3分(懐古園三の門すぐ) |
| 連絡先 | 0267-22-2105 |
| 営業時間 | 11:00~15:00(蕎麦が終わり次第終了の場合あり) |
| 休日 | 無休(臨時休業を除く) |
| 見どころ | 信州小諸の名物くるみそばの元祖として知られる名店です。 |

小諸といえばやっぱり小諸蕎麦ですよね。草笛総本店さんのお蕎麦を食べましたがとってもおいしかったです~。天ぷらもサクサクでおすすめですよ☆
100名城スタンプと城アクセス情報

| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 設置場所 | 懐古園事務所 |
| 設置時間 | 9:00〜17:00(4月〜11月)/9:00〜16:30(12月〜3月) |
| 休日 | 水曜(冬期は第2水曜)・12/29〜1/3 |
| 電話番号 | 0267-22-0296 |
| 料金 | 懐古園入園料/散策券:大人300円・小中学生100円 |
| 備考 | スタンプ設置は1ヶ所です。 |
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 住所 | 長野県小諸市丁311(小諸城址・懐古園) |
| アクセス | JR・しなの鉄道「小諸駅」から徒歩約3分 |
| バス | 駅前から懐古園方面の市内バスあり |
| 駐車場 | 懐古園および近隣に有料駐車場あり |
| 電話番号 | 0267-22-0296(懐古園事務所) |
| 散策時間 | 約30〜40分。園内・城跡・資料施設も巡るなら45分以上を推奨。 |

小諸城は平坦なお城なので服装、靴は選ばないです。敷地は割と広いのでその点を踏まえた靴選びがいいかと思います。
まとめ

水の手展望台です。当時は城の警備台として使用されていた場所です。またこの付近にあった水の手門は、落城の際に城主一家が脱出するための隠密な門として用意されていました。展望台からは千曲川の雄大な流れと街並みを一望できてとても素晴らしい眺めでした。
さて今回は小諸城を見て回りましたが、仙石権兵衛を読んでいる私としてはここが仙石権兵衛ゆかりの地なのかと興味深く見て回ることができました。
仙石秀久については様々な評価がありますが、個人的には漫画「センゴク権兵衛」のような人情家で実直に乱世を生き抜いたイメージがあります。そのため大河ドラマでもいずれは取り上げてほしい人物の一人だなって思います。
そして懐古園はとても広く見どころも多いですが第三の門や天守台、水の手展望台からの景色などはとても見ごたえがありました。
またこの城は100名城としてだけではなく、日本さくら名所100選、日本の歴史公園100選と様々な名所に指定される場所となっています。
更に島崎藤村ゆかりの地もあり、島崎藤村ファンにも楽しめるスポットとなっているので、近くへ行った際はぜひ立ち寄ってみてください。

小諸城の穴城はやっぱり見ごたえあったね。本丸の石垣の上からでも城を見渡せないって、城が隠れてる感じがあって穴城ならではの光景だったな♪

たしかに!その分水の手展望台から千曲川を望む眺めは絶景だったね。島崎藤村が詩の構想を練った場所としても有名だけど、あの景色を見れば納得しちゃうな!

もみじも展望台からの眺めをしっかりスケッチできたし大満足だった!あ、あとそれに小諸そば!クルミってどんな味なのかな?って気になってたけどお蕎麦とも相性バツグンで美味しかったな~☆

ふふっ、そうだね!それに小諸城は歴史背景もいいよね。山本勘助が設計して仙石秀久が完成させたっていうのが熱いかなって思うんだ。本丸の野面積みは仙石秀久が自然石をそのまま積んだっていうのもセンゴク権兵衛のイメージ通りでよかったな。

小諸城も見どころ多くてとっても楽しめたね♪小諸城の前後のお城は27番上田城、29番松本城となっています。お時間あれば足を運んでみてください!
▼関東・甲信越の城をめぐる
関東
14. 水戸城 /
15. 足利氏館(鑁阿寺) /
16. 箕輪城 /
17. 金山城 /
18. 鉢形城 /
19. 川越城 /
20. 佐倉城 /
21. 江戸城 /
22. 八王子城 /
23. 小田原城 /
甲信越
24. 武田氏館 /
25. 甲府城 /
26. 松代城 /
27. 上田城 /
28. 小諸城 /
29. 松本城 /
30. 高遠城 /
31. 新発田城 /
32. 春日山城

