

こんにちは、新発田城(しばたじょう)を案内する城むすめの染井さくらです。この記事ではお城のガイドやお城の周辺観光なども紹介させてもらいます。よろしくお願いします♪

新発田城は歴史深い遺構や美しい石垣、水堀が魅力で、四季折々の景色が楽しめます。現在城跡公園として市民の憩いの場となっています!
基本情報

新発田城は初代新発田藩主の溝口秀勝が築城し、溝口宣直のときに完成して、江戸時代を中心に栄えました。
そして新発田は堀部安兵衛の出身地としても知られています。安兵衛は赤穂義士討入の47士の1人で、その中でも人気の人物となっています。新発田城にはこの堀部安兵衛の像もあり、この像は江戸の方角に向けて設置されています。
そんな新発田城は現在城跡公園として整備され、歴史散策や自然観察が楽しめる憩いの場となっています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 築城年 | 1598年(慶長3年) |
| 築城主 | 溝口秀勝(みぞぐち ひでかつ) |
| 主な出来事 | ・1598年 溝口秀勝が築城開始・江戸時代、溝口氏が12代にわたり藩政を担当・明治時代 廃城令により多くが取り壊し、現在は陸上自衛隊駐屯地となる |
| 主な城主 | 溝口氏(初代:溝口秀勝、以降幕末まで) |
| 重要遺構 | 三階櫓(復元)、表門(重要文化財)、辰巳櫓(復元)、堀 |

新発田城は日本100名城の31番に選ばれています。城内にはソメイヨシノを中心に約260本の桜が植えられています。開花時期にはお堀の水面に夜桜とライトアップされたお城が映り込み、幻想的な「リフレクション」が見られることでも有名です♪
どんな城

新発田城は新潟県新発田市の城で、二の丸が本丸を取り囲み、三の丸が南に突き出している変形の輪郭、梯郭式併用型の平城となっています。
新発田城は政治や経済の中心としての交通の便を考え、山ではなく平地作られました。石垣はすき間なくかみ合うように積まれた切込接で、水堀は広大に造られています。また城内には五階菱の家紋の旗が建てられていますが、これは溝口家の家紋で、現在は新発田市の市章でもあります。
また春には桜、初夏にはアヤメ、秋には紅葉、冬には雪景色と一年通して景観を楽しめる観光スポットとなっています。

新発田城は別名「菖蒲城」「舟形城」「狐尾曳ノ城」と呼ばれています。菖蒲城は城周辺に菖蒲の花が咲き誇っていたこと、舟形城は本丸が船の形をしていたため、狐尾曳ノ城は1匹のきつねが雪の上で尾を引きながら図を示したことが城のヒントになったという言い伝えからそう名付けられたと言われています!
新発田城さんぽ

今回は新発田城へ行ってきました。新発田城は二の丸が本丸を取り囲み、三の丸が南に突き出している変形の輪郭、梯郭式併用型の平城となっています。
画像は新発田城石碑ですがこの辺りは二の丸に入ってくるかと思います。近くには安兵衛茶屋もありました。新発田城の目の前にある休憩所です。
また堀部安兵衛の銅像もありました。堀部安兵衛は赤穂義士討入の47士の1人で新発田出身の人物となっています。像は江戸の方角に向けて設置されています。

堀です。堀の大きさは7600平方メートルで水深は2メートルほどです。
この堀は池の水を抜いて天日干しするかいぼりを定期的に行っており、前回は瓦屋根の一部も発見されたようです。

表門です。こちらの表門は桁行16.3m、梁間5.4mで1732年に再建された櫓門となっています。2階建てで石落としなどの仕掛けもあります。また腰壁は瓦張りで白と黒の美しい海鼠壁(なまこかべ)で仕上げられています。
表門にはしゃちほこも飾られていました。新発田城の三階櫓は最上階の屋根に三つのしゃちほこが載った珍しいタイプとなっています。そういったことからも表門付近にしゃちほこが飾られているのかなと思いました。
尚、100名城スタンプは表門に設置されています。集めている方はお忘れないよう気をつけてください。

本丸です。表門を潜ると本丸ですが、城内は端が見渡せるほどの広さとなっています。
ちなみに本丸の大部分は陸上自衛隊の新発田駐屯地となっており、一般の人が立ち入れるのは一部に限られているため、見学エリアはこの敷地となっています。そのため新発田城は自衛隊のお城と呼ぶこともできるかと思います。
新発田城には桜が植えられていますが、春の桜、真冬の雪など四季折々の景色を楽しむことができます。

溝口秀勝の像です。溝口秀勝は新発田藩初代藩主で尾張出身の武将です。豊臣秀吉の命令で加賀国から新発田へ入封しました。
また溝口家は越後で起きた上杉遺民一揆を平定し、関ヶ原の戦いでは徳川方についた外様大名となっています。

休憩所です。ベンチがあるので座って休むことができます。尚、城内飲食禁止のため自動販売機などは設置されていません。

土塁です。石垣が目を引く新発田城ですが、こうして土を盛り上げて作られた土塁も敵の侵入を防ぐための重要な防御となっていました。
また奥に見える旗は五階菱の家紋です。旗の5つの菱が重なった溝口家の家紋で、現在は新発田市の市章でもあります。

旧二の丸隅櫓です。この櫓は1712年の絵図にもその姿が描かれている建物で、元々は二の丸の北側に位置していました。
昭和の解体修理で本丸の鉄砲櫓があったこの場所に移されたため旧二の丸櫓という名称になりました。
またこちらも表門同様、腰壁は瓦張りで白と黒の海鼠壁で仕上げられています。

石垣です。新発田城の石垣はすき間なくかみ合うように積まれた切込接で造られています。
江戸時代初期の熟練した技術を感じさせるこの石垣は、まるでパズルを組み合わせたかのような美しさがあります。
また角の部分が長い石と短い石を交互に積み上げた算木積みになっている点にも注目です。

辰巳櫓です。辰巳櫓は本丸から見て南東(辰巳)にあり二層二階櫓で入母屋造、本瓦葺きです。
この櫓は赤穂浪士・四十七士の一人として知られる堀部安兵衛(旧名:中山安兵衛)にとって、運命を変えた場所でもあります。安兵衛の父・中山弥右衛門は、新発田藩の櫓奉行としてこの辰巳櫓の管理責任者を務めていました。
しかし1668年(寛文8年)に発生した火災によって櫓が焼失。その責任を問われた父は藩を追われ、浪人となります。安兵衛が家名再興を願い江戸へ出たのは、この出来事がきっかけでした。後に彼は「高田馬場の決闘」でその名を轟かせ、忠臣蔵の英雄として歴史に名を刻むことになります。

新発田城は夏には蓮の花が堀一面に広がることもあります。また冬には堀の水位を下げますが、これはお城の石垣が凍結して崩れるのを防ぐ先人の知恵となっています。
城周辺さんぽ

新発田石黒家住宅です。江戸時代に御用商人として栄えた豪商・石黒家の旧宅で、新潟県の指定有形文化財にも登録されています。
明治時代に再建されたものとなっていますが、江戸時代以来の伝統的な町屋形式を忠実に受け継いでおり、奥行きのある通り土間や吹き抜けの天井など、当時の建築技術を間近で見学できます。
雪国・新発田の厳しい冬を過ごすための知恵と、商家の格式の高さが同居した見ごたえのある邸宅となっています。

新発田城清水園です。新発田藩主・溝口家の下屋敷として使われていた、歴史ある回遊式大名庭園です。

敷地内です。近江八景を模したと言われる京風の美しい庭園は、幕府の庭方であった縣宗知(あがた そうち)によって設計されました。
庭園の中心には大きな池があり、上空から見ると水という漢字の形をしていることから水字池(すいじち)と呼ばれています。

清水園は四季折々の季節を楽しめる静寂と美の空間となっています。
清水という名の由来はかつてこの地から清らかな水が湧き出していたことからその名がつけられたと言われています。

らーめん滋魂です。新潟五大ラーメンの一つ、燕三条系背脂ラーメンの名店として知られています。
燕三条系の背脂ラーメンはもともと燕市の金物職人たちの出前用として「時間が経っても冷めにくいように」と表面を背脂で覆い、麺を太くしたのが始まりのようです。

看板メニューの中華そばです。煮干しの出汁が効いた濃口醤油スープに、たっぷりの背脂が浮いているのが特徴です。
一見こってりしていそうですが、煮干しのキレと醤油の香りが絶妙で、見た目以上にスッキリと食べ進めることができます。
また滋魂のラーメンには岩のりトッピングが人気で、背脂の甘みと岩のりの磯の香りの組み合わせは病みつきになる美味しさとなっています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名称 | らーめん 滋魂 |
| 金額 | 燕三条系背脂ラーメン850円(2025年) |
| 所在地 | 新潟県新潟市東区松崎1-1-28 |
| アクセス | 新潟駅より車で約15分(新発田城からは車で約35〜40分) |
| 連絡先 | 025-272-9200 |
| 営業時間 | 11:00~14:50/17:00~20:50 |
| 休日 | 水曜日、第2・4木曜日 |
| 見どころ | 燕三条系背脂ラーメンの名店。煮干しが効いたスープとたっぷりの背脂、岩のりの相性が抜群です。 |

らーめん滋魂さんの岩ノリラーメンは食べ応えがあり、見た目よりさっぱり味でとっても美味しかったです☆
100名城スタンプと城アクセス情報

| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 設置場所 | 表門内(冬期閉鎖時は市役所本庁舎1Fロビー/守衛室 などに移設) |
| 設置時間 | 4月〜11月 9:00〜17:00(11月は〜16:30)/冬期(12〜3月)は代替設置場所で対応 |
| 休日 | 12/29〜1/3(冬期閉鎖) |
| 電話番号 | 0254-22-3101 |
| 料金 | 館内無料 |
| 備考 | スタンプ設置は1ヶ所(時期により場所が変わります)。 |
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 住所 | 新潟県新発田市大手町6-4-80 |
| アクセス | JR「新発田駅」から徒歩約20分 |
| バス | 駅前から市内循環ほかを利用可 |
| 駐車場 | 城址公園・周辺に駐車場あり(無料/有料あり) |
| 電話番号 | 0254-22-3030(新発田市役所) |
| 散策時間 | 約30〜45分。櫓・表門・城址公園を含めると約1時間。 |

城は平坦かつ敷地もコンパクトなので服装と靴ともに選ばずに散策できます。
まとめ

新発田城からの眺めです。高さはさほどないですが城から町を見通すことができます。
今回は新発田城さんぽでしたが見どころは表門、旧二の丸櫓、辰巳櫓になるかと思います。特に表門は江戸時代からあるとのことで見ごたえがありました。
また堀の水を抜いて掃除をしているということで普段より堀をまじまじと眺めました。やっぱり堀も定期的に掃除は必要だと思いますが、大変なのでなかなかできる作業じゃないですし難しいところですよね。この掘の掃除を定期的にしているのは凄いことだと思います。
そんな新発田城は広さはあまりないですが見どころもいくつかあり、四季折々の景観を楽しむこともできます。次は春か冬の景色を楽しめたらと思います。

新発田城はコンパクトだったけど表門や海鼠壁、石垣とか見どころもあったね!それに自衛隊のお城っていうのも面白かったな♪

お城の一部が自衛隊の敷地内にあるなんて全国的にもなかなか無いから貴重だよね!それに清水園でしっとりとした大名庭園の情緒に浸れるのも素敵だったな!

そうだよね!それにそれに燕三条系背脂ラーメンだよ!見た目のインパクトで凄くこってりしてるのかと思ったら、煮干しが効いてて意外とさっぱり食べられちゃったね。でもボリュームはさすがの食べ応えで大満足だったな☆

ふふっ、確かに食べ応えあったね!そういえば溝口家は初代・秀勝から12代・直正まで一度も引っ越さなかった珍しい大名なんだよね。外様大名なのにずっと同じ土地を治め続けられたのは、秀勝が湿地帯だったこの地の干拓や新田開発を成功させる高い技術力と信頼を持っていたからなのかもしれないね。

溝口家は民政や土木への深い経験があったんだろうね!新発田城の前後のお城は30番高遠城、32番春日山城となっています。お時間あれば足を運んでみてください♪
▼関東・甲信越の城をめぐる
関東
14. 水戸城 /
15. 足利氏館(鑁阿寺) /
16. 箕輪城 /
17. 金山城 /
18. 鉢形城 /
19. 川越城 /
20. 佐倉城 /
21. 江戸城 /
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甲信越
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25. 甲府城 /
26. 松代城 /
27. 上田城 /
28. 小諸城 /
29. 松本城 /
30. 高遠城 /
31. 新発田城 /
32. 春日山城

