城むすめの100名城と温泉めぐりヒーロー画像1
染井さくら

こんにちは、高遠城を案内する城むすめの染井さくらです。この記事ではお城のガイドやお城の周辺観光なども紹介させてもらいます。よろしくお願いします♪

大和なつき

高遠城は伊那市街を一望できる高台にあり、軍事的にとても重要な場所に作られていました。現在は高遠城址公園として整備されていて、桜の季節には園内がピンク色に染まり絶景を望めるスポットとなっています!

基本情報

高遠城06

高遠城は武田信玄の支城として有名で最期は信玄の五男・仁科盛信(にしなもりのぶ)が守将となり、織田軍との激しい戦いで壮絶な最期を遂げたことでも知られています。

また高遠城は戦国時代に高遠頼継の謀反など武田家との因縁も多く、歴史と自然が入り交じるスポットとなっています。

そんな高遠城は江戸時代には高遠藩の政庁となり保科氏、鳥居氏、内藤氏の三家が入れ替わるように城主となりました。

項目内容
築城年1550年(天文19年)頃
築城主高遠頼継(たかとお よりつぐ)
主な出来事・1545年 武田信玄の侵攻により高遠頼継が降伏・1550年頃 武田家が城を改修・1582年 高遠城の戦い(織田軍による攻撃、仁科盛信が討死)
主な城主高遠頼継、武田家(仁科盛信)、保科氏(江戸期高遠藩主)
重要遺構空堀、土塁、問屋門(移築復元)、高遠閣、桜並木(高遠城址公園内)
染井さくら

高遠城は日本100名城の30番に選ばれています。このお城は橋の上から堀の高さを感じることができます。またしっかりと石垣も残っていて城跡の息吹を感じることができます♪

どんな城

高遠城マップ

高遠城は長野県伊那市に位置する山城で、標高約800mの高地に築かれた典型的な戦国時代の城郭です。現在も空堀や曲輪が良好に残っています。

また桜の名所としても有名で、特に桜雲橋(おううんきょう)からの桜の景色は全国屈指の美しさといわれています。

更に高遠城は春になると、戦国の遺構とタカトオコヒガンザクラが美しい景観を織りなし、多くの観光客を魅了しています。

大和なつき

高遠城は別名「兜山城」と呼ばれています。ただこの名前の由来が不明という不思議な城となってます!

高遠城さんぽ

高遠城大手門

今回は高遠城へ行ってきました。城へのアクセスは基本車になるかと思います。

写真は現在の大手門です。現在は城址公園の敷地外(高遠高校の近く)に建っていますが、かつてはこの周辺も三の丸として城郭の一部に含まれていました。

この門は明治の廃城時に民間に払い下げられていたものを買い戻し、昭和59年まで高遠高等学校の正門として利用されていました。現在の姿は城郭取り壊し前の部材を一部使いつつ再現されたものと言われています。

また大手門のすぐ近くには進徳館があります。 これは幕末の1860年に高遠藩主・内藤頼直によって創設された藩校です。三の丸に位置しており、現在も当時の建物がそのまま残る貴重な国の史跡となっています。

高遠城

高遠城南口です。城への入り口は北口、南口、グランド口と三か所ありますが今回は南口から散策しました。

高遠城は戦国時代に武田信玄の命で山本勘助が縄張りを設計しましたと伝えられています。そのため山本勘助の名を冠した勘助曲輪も残されていますが、現在は城外の駐車場として利用されています。

高遠城02

法幢院曲輪です。南口から入ってすぐの場所にある曲輪で当時は幅6メートル、長さ170メートルの馬場が続いていました。

また法幢院というお寺があったことから法幢院曲輪と呼ばれています。

高遠城08

白兎橋です。法幢院曲輪と南曲輪を繋いでいる橋となってます。

お城の橋としては珍しく白兎(はくうさぎ)という風流な名前が付けられておりこの名前の由来には諸説あります。

一説には江戸時代に藩主がこの橋付近で白い兎を見かけたことから名付けられたとも言われています。

またお城の北東や南西といった方位とは別に、特定の方向を指す雅語として使われたという説もあります。

高遠城空堀

空堀です。写真だとわかりにくいかと思いますが堀りから橋まで結構な高さがありました。

敵が堀の底に降りても上から狙い撃ちにされる死角のない設計を体感できるポイントとなっています。

高遠城03

石垣です。野面積みに近い手法で積まれています。高遠城は空堀や土塁が中心の土の城ですが、こうして石垣があると強固なお城だったんだなって感じがより伝わってきますね。

付近には南曲輪もありました。南曲輪は本丸の南に位置している曲輪で名君保科正之が幼少期に母のお静と居住していた場所だと言われています。

高遠城本丸

本丸です。現在では木々に囲まれた静かな広場となっています。過度に整備されすぎず、自然に近い状態で遺構が残っているため、城が本来持っていた力強さや当時の面影をどこか肌で感じられるような気がしました。

高遠城は平山城ですが本丸は織田信忠(織田信長の嫡男)率いる5万の大軍に対し、武田信玄の五男・仁科盛信(にしな もりのぶ)がわずか3千の兵で立て籠もり、凄絶な戦いを繰り広げた場所です。

そうした歴史もあり、本丸内には彼の忠義を称える新城将軍碑が建てられています。この悲劇的な歴史を知ると本丸の静けさがより深く感じられるなと思いました。

高遠城太鼓櫓

太鼓櫓です。江戸時代には時を報じるのに太鼓を打っていました。

太鼓櫓をよく見ると2階部分が少しせり出した構造になっています。これは太鼓の音をより遠く、城下町全体にまで響かせるための工夫だったと言われています。

現在建っている櫓は明治時代に一度取り壊された後、大正初期に再建されたものです。高遠城を象徴する歴史的景観の一つとして、今も訪れる人々を温かく迎えてくれています。

高遠城07

新城藤原神社です。新城藤原神社は江戸時代後期に、高遠城主内藤家が子孫の繁栄を願って建てた神社です。

社名にある藤原は、内藤家が藤原氏の末裔であることに由来しています。また新城はかつて高遠城が新城と呼ばれていたこと、そして織田軍を相手に壮絶な最期を遂げた武田信玄の五男・仁科盛信を併せて祀っていることにちなんでいます。

壮絶な戦いを指揮した仁科盛信が祀られていることから、勝負事や厄除けのパワースポットとして訪れる人もいます。

高遠城問屋門

問屋門です。明治時代の廃城の際、一度は民間に払い下げられましたが、昭和23年に現在の本丸入り口へと移築されました。

門の屋根をよく見ると、高遠藩主であった内藤家の家紋「下がり藤」が刻まれた瓦を見つけることができます。移築された門ではありますが細部にまで藩の歴史が刻まれています。

またこの門は本丸の桜へ続く入り口であることから、観光客や地元の方からは桜門という愛称で呼ばれることもあります。しかし歴史的な正式名称はあくまで問屋門となっています。

高遠城桜雲橋

桜雲橋です。本丸と二の丸を繋いでおり、橋の下には巨大な空堀が築かれています。戦国時代には敵の侵入を防ぐためいざという時には橋を落としたり、引き込んだりできる切橋や引橋のような仕組みがあったと考えられています。

高遠城のシンボルでここから満開の桜を眺めると雲のように見えることから桜雲橋という名前がつけられました。

橋の上からの景色はもちろん最高ですが、橋を渡った後に少し横へ回り込み、空堀の底から橋を見上げるアングルもおすすめです。空堀の深さと空を覆うような桜、そして赤い橋のコントラストは高遠城を代表する構図となっています。

高遠城05

二の丸です。本丸の東から北にかけて広がる曲輪で外周は堀りによって防備が固められていました。出征の際はこの広場に集合して隊伍を整えたと言われています。

二の丸には御殿などの建物はなく、主に武芸の訓練や馬術の稽古場として使われていました。実戦重視の武田時代からの名残が感じられるストイックな空間だったようです。

高遠城高遠閣

高遠閣です。総ヒノキ造りの豪華な建物で、屋根は入母屋造となっています。昭和11年に町民の集会や観光客のために作られ、登録有形文化財としても登録されています。

お城が取り壊された後の公園整備において、これほど大規模な和風建築が建てられる例は全国的にも珍しく、近代における観光開発の歴史を物語る貴重な遺産として評価されています。

観光客の休憩所としても利用されていて、桜のシーズンなどは公園内の桜をまた違った角度で眺めることができます。また2階からの景色も格別となっています。

大和なつき

高遠城は桜が有名で高遠コヒガンザクラもよく知られています。これは明治時代に城が取り壊され荒れ果てた姿を嘆いた元藩士たちが「せめて桜を植えて守ろう」と桜の木を植えたのが始まりだと言われています。

城周辺さんぽ

高遠町歴史博物館

高遠町歴史博物館です。町の歴史として江戸時代の高遠藩や幕末、明治などの町の資料も展示されています。

高遠城から少し離れた場所にありますが100名城スタンプもこちらに置かれています。休みの場合は入り口にスタンプが設置されています。

高遠ダム

高遠ダムです。昭和33年に建設されたお城のすぐ下に位置する重力式コンクリートダムで、これによって生まれた人造湖は高遠湖と呼ばれています。

春には湖畔に植えられた約150本の桜が湖面に映り込み、お城の上から眺めるのとはまた違った静かで幻想的な景色を楽しむことができます。

また桜のシーズン中お城のライトアップに合わせて高遠ダム周辺もライトアップされることがあります。その際湖面に反射する逆さ桜は絶好の撮影スポットとなっています。

高遠なつかし館

高遠なつかし館です。 江戸時代の名主の家や町家が移築されており、建物そのものが歴史的な見どころとなっています。

館内には明治から昭和にかけて実際に使われていた生活用品や農具、懐かしい玩具などが所狭しと展示されています。

まるでタイムスリップしたかのような感覚で、高遠の地で暮らしてきた人々の生活を感じることができるミニ博物館となっています。

高遠そば ますや

高遠そばますやさんです。厳選された地元産のそば粉を使用しており、香り高いお蕎麦と、ピリッとした大根の辛み、そして香ばしい味噌の風味がマッチした一品となっています。

この日は残念ながら営業時間に間に合わず食べることができませんでした。次回はぜひこちらで食事をしたいと思います。

項目内容
名称高遠そば ますや
金額高遠そば 900円(2025年)
所在地長野県伊那市高遠町西高遠1685
アクセス高遠城址公園から徒歩約3分
連絡先0265-94-5123
営業時間11:00~14:00
休日不定休
見どころ高遠名物の「辛味大根おろしを使ったそば」を提供。地元の伝統的な味を楽しめる老舗です。桜の時期は行列ができることもあります。
高遠観光02

亀まんです。武家屋敷や町屋が残る高遠城下町にある創業明治38年の老舗です。

その名の通りつぶらな瞳が可愛らしい「亀」の形をしたおまんじゅうのお店となっています。

高遠亀まん頭

亀まん頭はしっとりとした薄皮の中に、甘さ控えめで上品な味わいの自家製こしあんがぎっしりと詰まっています。

春の桜シーズンには高遠城址公園の出店でも販売されることがあります。亀は万年と言われるように、縁起物としても喜ばれる逸品です。

項目内容
名称高遠亀まん頭(かめまんじゅう)
金額1個 150円(2025年)
所在地長野県伊那市高遠町西高遠1154
アクセス高遠城址公園から徒歩約5分
連絡先0265-94-2255
営業時間8:00~18:00
休日水曜日
見どころかめの形をしたかわいい和菓子で、高遠の定番土産です。もっちりした皮とあんこの相性が抜群です。
秋月もみじ

高遠そばますやさんで食べたかったのですが既に営業が終わっちゃってました。次回はぜひ食べたいです。亀まん頭はかめの形で可愛くて美味しかったです☆

100名城スタンプと城アクセス情報

高遠城スタンプ1
100名城スタンプ設置情報
項目内容
設置場所伊那市立高遠町歴史博物館
設置時間スタンプ台:24時間押印可/博物館:9:00〜17:00(最終16:30)
休日月曜(祝日の場合翌日)・12/29〜1/3
電話番号0265-94-4444
料金博物館入館:一般400円ほか
備考スタンプ設置は1ヶ所です。
城へのアクセス・交通・駐車場情報
項目内容
住所長野県伊那市高遠町東高遠457
アクセスJR「伊那市駅」→ 路線バス「高遠駅」下車 徒歩約15〜20分
バス伊那BTから高遠線が便利
駐車場高遠城址公園駐車場あり(観桜期は有料・混雑)
電話番号0265-94-2557(伊那市 教育委員会 生涯学習課 高遠町公民館)
散策時間約30〜40分。博物館見学・園内散策を含めるなら45〜60分。
雪村ましろ

高遠城は平坦なので基本服装も靴も選びません。ただ山城なのでスニーカーなど動きやすい靴がいいかと思います。

まとめ

高遠城からの眺め

高遠城からの眺めです。自然を存分に感じられる絶景の展望スポットとなっています。高遠城は桜の名所としても名高く、春には満開の桜が圧巻の光景を織りなします。その規模の大きさは天下第一の桜と言われるほどで桜の日本三大名所ともなっています。

今回の高遠城は武田信玄が対織田、徳川軍に対抗する重要な拠点だったため、戦国時代の小説にも度々出てくる有名な城となっています。それだけにやはり見ごたえがある城でした。

特に桜雲橋や深い堀、本丸などこの城で起こった歴史に思いを馳せながら散策をしていると感慨深いものがありました。

またこの城址公園は自然に囲まれていて散歩がてら回るのにちょうどいいスポットだったかなと思います。近くへ来た際はぜひ立ち寄ってみてください。

染井さくら

高遠城は山々に囲まれた絶景も最高だったし見ごたえがあったよね。日本三大桜の名所で天下第一の桜と言われるほどの名所だし、次は絶対にピンク色に染まる春の景色を見に来ようね♪

大和なつき

次は春で決まりだね!それにしても山本勘助が手がけたと言われる勘助曲輪は迫力あったな。あの巨大な武田流の馬出しが高遠城が難攻不落と言われた理由の一つなんだよね。歴史の重みを感じたよ!

秋月もみじ

勘助流の薬研堀は本当に深くて吸い込まれそうだった!あ、あとね、亀まん頭も可愛くて美味しかったよ~。お蕎麦屋さんの時間に間に合わなかったのは残念だったけど…次は絶対に高遠そばも食べようね☆

雪村ましろ

そうだね!それに高遠城を語るなら仁科盛信の激戦も外せないポイントだよね。織田信長の嫡男・信忠と、武田信玄の五男・盛信。名家同士が激突した歴史を思うとすごく感慨深かったな。

染井さくら

仁科盛信はまさに悲劇の武将だよね。お城って色んな歴史が詰まってるよね。高遠城の前後のお城は29番松本城、31番新発田城となっています。お時間あれば足を運んでみてください♪

Xでフォローする

▼関東・甲信越の城をめぐる

関東
14. 水戸城15. 足利氏館(鑁阿寺)16. 箕輪城17. 金山城18. 鉢形城19. 川越城20. 佐倉城21. 江戸城22. 八王子城23. 小田原城

甲信越
24. 武田氏館25. 甲府城26. 松代城27. 上田城28. 小諸城29. 松本城30. 高遠城31. 新発田城32. 春日山城

城むすめ公式アカウントはこちら