

こんにちは、上田城を案内する城むすめの染井さくらです。この記事ではお城のガイドやお城の周辺観光なども紹介させてもらいます。よろしくお願いします♪

上田城は戦国武将の中でも人気の真田氏の居城で「徳川を二度撃退した城」として歴史ファンに人気の城となっています。また現在も真田石や大井戸など数多くの遺構が残り、上田城跡公園としても地元の住民の憩いの場となっています!
基本情報

上田城は戦国時代に真田昌幸(真田幸村の父)が築城し、二度の徳川軍を撃退したことで知られる名城です。
真田昌幸は武田氏が織田氏に敗亡すると、織田氏に従うことにしました。しかし織田信長が本能寺で死亡すると、今度は北条氏と組みました。こうして昌幸はその時々で時世を見て味方に付く相手を変えて生き抜いていきました。
そんな昌幸の居城上田城は徳川軍から第一次上田合戦、第二次上田合戦と二度に渡って攻められましたが、いずれも徳川軍を撃退することに成功しました。これほどの戦歴を持つ城は他にはなく上田城は落城しない城としてその名を轟かせました。
また第二次上田合戦は真田父子が敵味方に分かれて戦ったことも有名なエピソードの一つです。その歴史は大河ドラマ「真田丸」にも描かれています。
更に大河ドラマ「真田丸」で草刈正雄さんが演じた真田昌幸は、実際の人物像としてもとても癖がある名将だったと言われています。そしてその昌幸がいたからこそ真田信之、真田幸村ら息子たちは名将と呼ばれるように育ったといえるかと思います。
そんな昌幸は関ヶ原の戦いで敗北後、65歳のときこの世を後にしました。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 築城年 | 天正11年(1583年) |
| 築城主 | 真田昌幸 |
| 主な出来事 | 第一次・第二次上田合戦で徳川軍を撃退/江戸時代に再建 |
| 主な城主 | 真田昌幸、真田信之、仙石家、松平家など |
| 重要遺構 | 東虎口櫓門と真田石、西櫓、大井戸、二の丸、本丸土塁 |

上田城は日本100名城の27番に選ばれています。上田城は堀と土塁で囲まれていますが、堀は素掘りで、土塁は掘り上げた土をその内側へ堤状に積み上げて造られました。また石垣が使われているのは主に虎口となっています♪
どんな城

上田城は長野県上田市に位置する平城(平山城の要素もあり)で、上田盆地を見下ろし、城の周囲には千曲川が流れる自然の地形を活かした堅固な城となっています。
現在の上田城は江戸時代に再建されたもので、上田藩の政庁としても使用されました。また今も東虎口櫓門や西櫓、真田石や隅おとしなども見どころも多く残しています。
更に城内には眞田神社や真田幸村の像、平和の鐘などもあり、歴史と平和を祈る場として地元の人々にも親しまれています。
そして現在は公園として整備され、樹齢100年といわれるケヤキ並木や多くの緑と花に囲まれた自然豊かな場所となっています。

上田城は別名「尼ヶ淵城」「真田城」とも呼ばれています。これは尼ヶ淵に面した崖を利用して防御を固めているお城であることが由来のようです!
上田城さんぽ

今回は上田城に行ってきました。城は上田駅周辺のホテルから徒歩15分ほどということもあり、今回は車を使わずに散歩を兼ねて歩いて向かいました。
画像は上田城の入り口付近ですが、ここから西櫓へと続く道は非常に傾斜の厳しい階段があります。案内図にも急な階段と記されている通り、実際に登ってみるとその急勾配を実感します。この険しさはかつての尼ヶ淵の断崖を利用した、天然の要害としての名残を感じさせてくれます。

上田城内です。上田城は現在上田城跡公園として開放されています。
道は綺麗に舗装されており、歴史的な遺構を眺めながらゆったりと散策できるのが魅力です。また春は千本桜、秋はけやき並木の紅葉が楽しめる城となっています。

石垣です。上田城は堀と土塁で囲まれていて、石垣が使われているのは主に虎口となっています。
石垣は石の角を加工して積み上げる打ち込み接ぎという技法が使われています。野面積みよりも隙間が少なく、見た目にも美しさと力強さが感じられます。

西櫓です。尼ヶ淵の河岸段丘上に築かれた本丸隅櫓です。外壁は板張りで、その上から軒の部分までは塗籠となっています。格子窓に突き上げ戸がついた武者窓や狭間も備わっています。
上田城には現在3基の櫓がありますが、東側の2基(北櫓・南櫓)は明治時代に一度売却され、昭和になってから移築・復元されたものです。一方この西櫓だけは江戸時代から一度も場所を移動せず、当時のまま唯一の現存している遺構となっています。

城内の様子です。内堀に沿って舗装された道が続いていて、周辺には花木園もありました。
城内はこの時期緑一色でしたが、上田城は長野県内でも有数の桜の名所です。園内には約1,000本もの桜があり、毎年4月には上田城千本桜まつりが開催されます。夜間はライトアップも行われ、日本三大夜桜に引けを取らない美しさとして知られています。

堀と土塁です。上田城の堀は素掘りで掘り上げた土をその内側へ堤状に積み上げて土塁としています。
石垣のない素掘りの堀は、一見すると質素に見えますが、実は非常に実戦的です。濡れた土の斜面は非常に滑りやすく、重い装備をした敵兵が這い上がるのを防ぐ効果がありました。徳川軍を二度にわたって退けた上田合戦では、こうした土の防御が大きな役割を果たしたと言われています。

招魂社です。招魂社は護国神社の旧称のようです。
近くには赤松小三郎記念館もありました。記念館は旧墓石が記念碑となっていて、赤松小三郎の功績を伝える資料が展示されています。
この招魂社や赤松小三郎記念館周辺が二の丸となっています。

北虎口です。本丸の北側に位置する出入り口で、東虎口と同様にしっかりとした石垣が組まれています。正面の櫓門に比べると人通りが少なく、落ち着いた雰囲気の中で当時の面影を感じることができます。こちらからでも本丸内へ入城することが可能です。
北虎口のすぐ近くには、上田市営陸上競技場があります。 この競技場がある場所はかつての三の丸や百間堀の跡地にあたります。

本丸土塁の隅おとしです。土塁の北東隅を切りこみ「鬼門よけ」としたもので上田城の大きな特徴の一つとなってます。
鬼門よけは完璧なものはあとは壊れるしかないという考え方から、あえて一箇所を未完成にしたり、欠いたりすることで、魔除けとする風習のことです。日光東照宮の逆柱などと同様の思想です。京都御所の塀の北東角が同様に切り取られているなど、現代でも見られる手法ですが、土塁でこれを行うのは全国的にも珍しい例となっています。

上田城博物館です。城内にある博物館で歴代上田城主の甲冑や織田信長所用革胴服(重要文化財)、古文書など上田地域にゆかりのあるものが数多くの品が展示されています。また上田城博物館のすぐ近くに上田城博物館別館と日本庭園もありました。
更に上田市民会館跡も近くにありました。市民会館跡は真田丸が放送されていたときは資料などがあり賑わっていたようですが今は使われていませんでした。

東虎口櫓門と真田石です。 東虎口櫓門は北櫓と南櫓が左右に併設された力強い造りになっています。上田城は真田昌幸によって築城され、二度にわたる上田合戦で徳川の大軍を退けた難攻不落の城として知られています。この東虎口櫓門は、その堅固な守りを象徴する代表的な遺構です。
また門の右手にある石垣の中でひときわ目を引く大きな石が「真田石」です。真田信之が松代への移封を命じられた際、父・昌幸の形見としてこの石を持っていこうとしましたが、数千人の力を合わせても微動だにしなかったという逸話が残っています。
櫓門の内部は見学することが可能ですが訪れた際はあいにく閉館しており中を見ることはできませんでした。ただ外観だけでも当時の威容を十分に感じることができました。

本丸跡です。周囲を土塁や石垣、櫓で囲み、上田城の中心として機能していました。天守閣はなかったもののかつては本丸御殿も建っていたようです。
この広場は多くの木々が立ち並び開放的に整備されています。

眞田神社です。本丸跡に鎮座しており、真田氏、仙石氏、松平氏という歴代の上田城主を御祭神としてお祀りしています。もともとは松平家の御先祖を祀る松平神社として建立されましたが、後に歴代の城主を合祀し、現在の名称となりました。
上田城は徳川軍の猛攻を二度にわたって退けた「落ちなかった城」であることから、こちらの神社は合格祈願や勝負事の聖地として非常に高い人気を誇っています。特に受験シーズンには多くの参拝者が訪れ、お守りや御守護符を授かる姿が見られます。

絵馬です。こちらの絵馬は一般的な馬のデザインではなく、真田家の家紋である六文銭が描かれているのが特徴です。さすが上田城で真田氏にゆかりある場所だなって思いました。
六文銭は仏教において三途の川の渡し賃を意味します。これを家紋に掲げることは、いつ戦場で命を落としても構わないという、真田の武士たちの強い決意を表しているようです。

真田幸村(信繁)の像です。 この像は若き日の真田幸村をモデルにしています。
歴史上の本名は真田信繁(のぶしげ)ですが、江戸時代の軍記物語などで幸村の名が広まり、現在でもこちらの名前で親しまれています。
像の台座などには幸村と記されていることが多いですが、歴史資料を展示する博物館などでは信繁と表記されることが一般的のようです。

真田井戸(大井戸)です。 本丸跡に残る城内最大の井戸で直径は2メートル、深さは16メートルに及びます。
この井戸には、底に抜け穴があるという有名な伝説が残っています。その穴は城の北方にある太郎山の麓や、藩主の居館跡(現在の真田邸付近)まで通じていたと言い伝えられてきました。
敵に囲まれた際の脱出路や兵糧の運び込み、あるいは情報の伝達手段として、真田氏の知略を象徴するようなエピソードですね。実際に井戸を覗き込むと、その深さと静寂からかつての忍者たちの活躍に思いを馳せることができます。

真田赤備の大兜です。 眞田神社の境内に設置されているこの巨大なオブジェは、真田幸村が身に着けたと伝わる鹿角脇立朱塗兜がモデルとなっています。
真田軍の代名詞でもある赤備えを象徴する鮮やかな朱色が目を引き、参拝に訪れる方の多くが足を止める人気のフォトスポットです。撮影する角度を工夫して背景の木々と重ねると、まるで兜の角がさらに力強く伸びているような、迫力ある写真を収めることができます。

眞田神社の拝殿です。重厚な建築で周囲の木々と調和した荘厳な雰囲気があります。
眞田神社では落ちないにちなんだ合格守りや、六文銭があしらわれた必勝守りが人気です。また正月や例大祭、受験シーズンなどには特別な装飾や旗が掲げられることもあります。

上田城の真田石は有名ですが、真田石のように門の近くに巨大な石を配置することを鏡石と呼ぶようです。これは単なる防御だけでなく、城主の権威や力を見せつけるための演出でもあったとされています!
城周辺さんぽ

続いて城周辺さんぽです。まずは上田市観光会館です。お城の入り口である二の丸橋を渡り、道路を挟んで目の前にあります。
1階は上田の名産品やお土産が揃う売店と、本場の信州そばが味わえるお食事処になっています。また2階は観光案内所や無料の休憩スペースとなっており、上田城周辺の詳しい地図やパンフレットも置いてあります。

1階売店コーナーです。上田紬、農民美術工芸品、銘菓、地酒など上田の名産品が並んでいます。
2階観光案内所には100名城スタンプも置かれています。集めている方はお忘れないよう気をつけてください。また観光案内所には鎧や刀、真田幸村像などの展示品もあります。

千曲川です。長野県内を流れるこの川は新潟県に入ると信濃川と名前を変えます。
日本一の長さを誇る信濃川水系の一部ですが、長野県内では古くから千曲川の名で親しまれています。
ちなみに一つの川でこれほどはっきりと呼び名が変わるのは珍しく、島崎藤村の千曲川旅情の歌など、文学の世界でも千曲川の名は特別な川として表されています。

北国街道です。上田城下町の風情を今に伝える通りで、特にこの柳町と呼ばれるエリアは江戸時代の面影を色濃く残しています。
通り沿いには350年以上の歴史を持つ酒蔵や、老舗の味噌蔵、昔ながらの商家などが立ち並び、ゆっくりと散策を楽しむことができます。

猿飛佐助の像です。真田十勇士の一人で、上田城跡公園の周辺や城下町には、真田幸村に仕えたとされる真田十勇士の像が点在しています。
猿飛佐助は印を結び忍術を操る姿が印象的で、十勇士の中でも筆頭格として知られる存在です。お城の散策とあわせて街中に隠れた忍者たちを探しながら歩くのも上田観光の楽しみの一つとなっています。

上田からあげセンターです。 JR上田駅の駅ビル内に位置しており、お城巡りの前後や帰りの電車の待ち時間にも立ち寄りやすい非常に便利な場所にあります。
ここでは上田のソウルフードである美味だれを絡めた唐揚げを楽しむことができます。注文を受けてから揚げるスタイルで、ボリューム満点の定食やテイクアウトメニューが充実しているお店となっています。

山賊焼きです。 長野県の中信地方が発祥とされる郷土料理ですが、現在では県内全域で広く親しまれています。大きな鶏の一枚肉をニンニクを効かせた醤油ダレに漬け込み、片栗粉をまぶして豪快に揚げたボリューム満点の一品です。
名前に焼きと付いていますが、実際には揚げ物であるという特徴があります。外はカリッと香ばしく、中はジューシーな鶏肉の旨みが広がり、ご飯のおかずとしてはもちろんお酒のお供としても人気があります。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名称 | 上田からあげセンター |
| 金額 | からあげ定食 980円(2025年) |
| 所在地 | 長野県上田市天神1-1887-17(上田駅ビル内) |
| アクセス | JR上田駅から徒歩約1分 |
| 連絡先 | 0268-75-0460 |
| 営業時間 | 11:00〜21:00(ラストオーダー20:30) |
| 休日 | 無休 |
| 見どころ | ご当地グルメ「山賊焼き風からあげ」が名物。ボリューム満点で観光客にも人気 |

もののふラーメンです。上田駅のすぐ近くにあるお店で煮干しの旨みを凝縮した濃厚なスープが特徴のラーメンをいただくことができます。

左近VS幸村ラーメンです。二種類のラーメンを同時に味わえるラーメンで、どっちを食べようか迷った場合にオススメとなっています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名称 | 上田もののふ |
| 金額 | 左近VS幸村ラーメン1,000円(2025年) |
| 所在地 | 長野県上田市中央4-7-31 |
| アクセス | 上田城から徒歩約10分 |
| 連絡先 | 0268-75-7644 |
| 営業時間 | 11:30〜14:30、17:30〜20:00 |
| 休日 | 月曜日(祝日の場合は翌日休) |
| 見どころ | 真田家をイメージした店内で、地元食材を使った武将メニューが楽しめる。赤備えグッズも販売 |

山賊焼きはパンチが効いてて美味しかったです。あと左近VS幸村ラーメンは二つの味を食べることができて嬉しかったです☆
100名城スタンプと城アクセス情報

| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 設置場所 | ①上田市観光会館 ②上田市立博物館 |
| 設置時間 | 9:00〜17:00 |
| 休日 | 年末年始休(上田市観光会館) |
| 電話番号 | 0268-23-5408(上田市観光会館) |
| 料金 | 博物館入館料:大人300円・小中学生100円 |
| 備考 | スタンプ設置は2ヶ所あります。 |
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 住所 | 長野県上田市二の丸6263-イ(上田城跡公園内) |
| アクセス | JR上田駅から徒歩約12〜15分 |
| バス | 市内循環バス「上田城跡公園前」下車すぐ |
| 駐車場 | 上田城跡公園駐車場(有料・無料あり、普通車約200台) |
| 電話番号 | 0268-71-6074 |
| 散策時間 | 約30〜45分。城跡散策+博物館・観光会館を含めるなら1時間ほど。 |

上田城は市街地にあって平坦なので服装、靴は選びません。ただ少し広めで長い階段もあるのでその点を含めて靴を選んでみるといいかと思います。
まとめ

上田城の展望スポットからの景色です。かつて要塞だった場所から現在の上田の街並みを見渡すと、歴史の変遷を感じる感慨深いものがありました。
上田城は難攻不落の城として有名なだけではなく、江戸時代から残る西櫓など見ごたえのある遺構も残されています。
そして関わっていた城主も真田氏ということで人気が高い城となっています。また大河ドラマ「真田丸」の舞台になっていたことから大河ドラマファンも存分に楽しむことができます。
さらに映画サマーウォーズの舞台としても知られており、聖地巡礼に訪れるファンにとっても見逃せないスポットが満載です。
また城内だけでなく周辺の柳町や観光会館といった施設も充実しており、春には上田城千本桜まつりなど季節ごとのイベントも開催されます。
歴史・文化・美食のすべてを堪能できる上田城は、日本100名城巡りの中でもぜひ一度は訪れておきたい名城の一つだといえると思います。

上田城はやっぱり真田氏ゆかりの地だっただけあって見どころが本当に多かったよね。特にあの真田石!間近で見ると想像以上の迫力で、信之公が持っていこうとした執念?が伝わってくるようだったな♪

そうだよね。私はやっぱり眞田神社が印象に残ったかな。落ちない城にあやかった勝負事の聖地だし、私も気合を入れて六文銭の絵馬を掲げてきたよ!

六文銭のデザインもかっこいいよね、それに三途の川の渡し銭って言葉も有名だもんね!それはそうと山賊焼き美味しかったね、あれって焼いてるじゃなくて揚げてる鶏肉だったんだね。てっきり名前としては焼いてる鶏肉かと思った☆

あの味付けなら焼いてても美味しそうだったよね!そういえば土塁に鬼門よけも面白かったよね。あえて一箇所を未完成にするって建物やお城だけじゃなく物事にも必要なのかもしれないね。何事も完璧すぎを求めず精いっぱい頑張るみたいな。

その考えも面白いね、ましろちゃん哲学的だね♪上田城の前後のお城は26番松代城、28番小諸城となっています。お時間あればぜひ巡ってみてください!
▼関東・甲信越の城をめぐる
関東
14. 水戸城 /
15. 足利氏館(鑁阿寺) /
16. 箕輪城 /
17. 金山城 /
18. 鉢形城 /
19. 川越城 /
20. 佐倉城 /
21. 江戸城 /
22. 八王子城 /
23. 小田原城 /
甲信越
24. 武田氏館 /
25. 甲府城 /
26. 松代城 /
27. 上田城 /
28. 小諸城 /
29. 松本城 /
30. 高遠城 /
31. 新発田城 /
32. 春日山城

